コース設定のお手本のような名コース 戸上直哉の助言生きる

テレインと並び今回のインターハイの目玉となったのが イベントアドバイザーの戸上直哉氏の存在でした。 戸上氏は小山様の出身校・東工大の後輩で 早い時期からトータスにも入会して小山様の教えを受け、 麻布出身の野本圭介・尾崎弘和と並ぶ小山様の三大教え子として 絶大な知名度と人気を誇ります。 今年春のインカレで東工大として歴代最高のトップと2秒差の2位に入るなど 東工大の歴史を塗り替える数多の伝説を打ち立ててきました。

今回のインターハイでイベントアドバイザーとして具体的にどのような仕事をしたかという 小山様ファンクラブからの質問に対し、 戸上氏が真っ先に挙げたのが「コースに関する助言」でした。

そんなわけでコースの中身を見てみましょう。 団体戦の高校生選手権クラス(ME)で使われたコース(9種類あるうちの1つ)になります。





メリハリ

富士見の森はテレイン全体にわたって北東側が高く南西側が低く、 似たような地形が広がっています。 このようなテレインはオリエンティアの間で片斜面と呼ばれています。 このタイプのテレインは 目立った特徴に乏しい斜面をコンパスを頼りに真っ直ぐ進む技術(直進)を問うには適していて、 実際にそのような課題が多くなりがちなのですが、 そうした1種類の課題が連続してしまうコースは良いコースとはされません。 というのも課題が1種類に偏るとオリエンテーリングで一般に必要とされる 数ある技術のうちの特定の技術に長けた選手に有利になってしまい、 また似たような課題が続くと参加者も飽きてしまうからです。

ではどのようなコースが良いコースか。 日本オリエンテーリング協会の「コース設定の原則」に書かれています。 「コース設定の原則」には競技の公正さを確保することなどの一般的な原則に加え、 具体的に考慮すべきこととして
といった事項が挙げられています。 更に、ルートに複数の選択肢を設けるべきこと、 参加者の年齢・経験等に応じた適切な(難し過ぎない)難易度にすべきこと、 コントロール位置はパンチして出ていく競技者がアタックしてくる競技者を コントロールに導くような出入りを避けるべきこと、 などが注意点として挙げられています。

今回のコースを見るとこれらの条件がよく考慮されていることが分かります。 まず全体を大きく眺めると短いレッグと長いレッグが交互に登場し、 ほとんどのコントロールで進行方向が45度〜90度くらい変わるようにして レッグの長さ・方向に変化をつけています。 ところどころ道を使う区間も用意され、 このテレインではどうしても置きたくなる穴底のコントロール (アタックが難しい)を避け、 ミスが起こりやすい序盤(1番、2番)を分かりやすい場所に置くなど 難易度についても配慮されています。 そして出入りを避けるために全てのコントロールで アタック方向と脱出方向が反対側になっています。

各レッグの課題を具体的に見ていくと短い距離の直進(1→2)、 長い距離の直進(2→3)と続いた後に 迷路のように複雑に道が入り組んだエリアでの小まめな現在地確認とナビゲーションを 問うレッグ(3→4)が登場します。 それ以降も長い道走りでスピードを上げさせておいて アタックに注意を払えるかを問うレッグ(5→6)、 見通しの悪いエリアでの正確なアタックを要求するレッグ(7→8)、 ルートやチェックポイントを自分で決める能力を問うロングレッグ(8→9)など 様々な課題を織り交ぜ、難易度にも変化をつけています。 2→3、8→9などやや遠回りながらも道を使う迂回ルートの選択肢も 用意されています。

コース設定の原則に書かれた様々な要求や注意点が 完璧に達成されていることが分かります。


今回のコースのメインエリアの拡大図。


車道の横断

競技で使用する「富士見の森2016」のメインの山林と 大会会場となるジュネス八ヶ岳の間には 県道484号線(八ヶ岳鉢巻道路)が通っています。 そこそこの交通量があり多くの車がスピードを出しています。 この道路をどうやって横切るか、 このテレインでコースを組むときの最大の悩みの種です。

この車道には下を通るトンネルが2箇所あります。 片方は人が通るために整備されたトンネルですが、 もう片方は川が流れた跡地かせいぜい作業用の通路の残骸と思われ、 整備がなされておらず足場が悪く大きな岩が山積みになっています。 道路を横切る回数が1回だけであれば整備された方のトンネルを通せば良く、 昨年のインカレではこの方式が採られました。 しかしリレーは会場スタート・会場フィニッシュになるので どうしても2度通さなければなりません。

いくつかの選択肢が考えられました。 まずは整備された方のトンネルを往復とも通す方式。 しかしこの方式では行きと帰りの誘導区間が重なってしまい、 コースの回り順や誘導が分かりにくくなり、辿り間違える選手が現れそうです。 またトンネルは整備されてはいても幅は狭く、トンネル内は暗いため、 選手がすれ違うのは少し危険でもあります。

そうなると交通整理の役員を置いて道路を横断させる方式も考えられますが、 交通状況によっては選手を止めなければならずタイムロスが生じるリスクがある上に、 ただでさえ少ない役員を交通整理に当てなければならず演出など別の運営が手薄になる という難点があります。

今回のコースでは足場が良い方のトンネルが行きに、 悪い方のトンネルが帰りに用いられました。 実は足場が悪い方のトンネルは南西側から北東側に向かって段々に岩が積み重なっていて、 帰りに通す分には登り基調になるので怪我の危険も意外と少ないのです。 考えられる限りの最善の選択肢です。


トンネルの通し方。 写真は上を通る八ヶ岳鉢巻道路から見たトンネルの様子 (出典:googleストリートビュー)。


会場まわり

そしてもう一つ、リレー大会特有の難問が会場まわりの通し方。 リレー大会ではコース途中で会場から見える場所(スペクテーターズレーン)を一度通り、 次走者はそれを見てチェンジオーバーゾーン (前走者とのタッチのためのエリア)に入ります。 スペクテーターズレーンを通過してからタッチまでの時間が 短すぎると次走者がタッチに間に合わず、 長すぎると次走者はチェンジオーバーゾーンの中で ウォーミングアップもできずに長時間待たされることになるため、 適度な長さというものがあります。

今回のコースではスペクテーターズレーン通過からフィニッシュまでの所要時間が おおよそ2分半〜3分程度。 これに対し、次走者が前走者のスペクテーターズレーン通過を確認して チェンジオーバーゾーンに入るのに要する時間は1分程度。 慌てる必要も無く、それでいて長く待たされることも無い、 絶妙な長さに調整されています。 これはコースの長さ調整に加え、 参加者人数に合わせた適度な広さの会場選びと コースを横切らずにチェンジオーバーゾーンに入れるレイアウトにより チェンジオーバーゾーンに入るのに要する時間にばらつきが出ないように 配慮したからこそ実現できた最高水準の名人芸です。


会場まわりのレイアウト(大会プログラムのレイアウト図を転載)。 スペクテーターズレーン(赤線)を前走者が通過したのを確認後、 次走者が応援エリアからチェンジオーバーゾーンに入る際に 選手の走るレーン(赤、青、橙色の線)を横切らないレイアウトになっている。


競技の公平性と観客のニーズの両立

「コース設定の原則」には 以下の5つの項目が大原則として挙げられています。
これらの項目は一般に両立が容易ではありません。 中でも難しいのが「競技の公正さ」と「メディアと観客のニーズ」の両立です。 選手の走る姿をなるべく多く見せることによって応援が盛り上がり 「メディアと観客のニーズ」を満たせますが、 観客の多くは別のコースや走順を走る選手でもあり、 他の選手の走りを見せてしまえばそれがヒントになって 「競技の公正さ」を確保するのが難しくなります。

今回のコースでは「競技の公正さ」と「メディアと観客のニーズ」が 完璧に両立されていました。 会場に選ばれた駐車場は高台にあり、 スタートに向かう選手にかなり遠くまで声援を送ることができます。 それでいて最初のレッグの動きは林の中に 絶妙に一歩入ったところにあって会場からは見えません。 スペクテーターズレーンに入る直前の12➔13や、 スペクテーターズレーンを過ぎてからフィニッシュまでの短い区間も 会場のすぐ近くを通りながら上手に建物の陰に隠れて会場からは見えないように配慮され、 大会を盛り上げる演出と競技の公平性の確保という 両立の難しい難題が上手に達成されていることが分かります。 小山様の教え子の戸上直哉だからこそ実現できた コース設定のお手本のような実に見事な名コースです。


会場まわりのレイアウト。青線はスタート直後の選手の動き。 橙色はレース終盤の選手の動き。 中央の明るいエリアが会場から見える範囲。 影をつけたエリアは建物や林の陰になって会場から見えない。 会場から△までと13→14、16→◎が誘導レーンに沿って走る区間で なるべく長く会場から見えるように配置し、 それ以外のナビゲーションを要する区間は上手に会場から隠している。


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